EU市場の変化と、日本企業の“動く速さ”の話

EU市場の変化と、日本企業の“動く速さ”の話

OPTIの淵上です。

EU市場における越境ECの競争環境が、静かに変わりつつあります。規制の強化によって、対応が不十分な事業者が淘汰される一方、ルールを遵守できる事業者には相対的に有利な状況が生まれています。

日本企業にとって追い風と言えなくもない局面です。しかし、追い風を実際の機会として活かせるかどうかは、別の問題ではないでしょうか。

本稿では、私どもが現場で日本企業と中国企業の両方を支援する中で感じていることを、率直に書いてみます。


中国企業のスピード感は、正直すごい

私どもOPTIは、日本企業だけでなく中国企業のクライアントも多く抱えています。VAT登録、GPSR対応、EPR登録……手がける業務の内容は同じです。

しかし、意思決定と行動のスピードに顕著な差があります。

中国の事業者は、「EU市場に出る」と決定すると、必要な書類を収集し、VAT登録を申請し、現地の責任者を手配し、場合によってはEU法人まで設立する。これを数週間で完了させます。

「この書類が不足しています」とお伝えすると、翌日には揃っています。「この点についてはどうされますか?」と確認すると、即座に「こうします」という返答が来ます。

事業機会に対する嗅覚が鋭く、「やる」と決めた後の実行が非常に速い。

EUの規制強化によって対応が不十分な事業者は淘汰されつつありますが、対応力の高い中国企業は速やかに適応して市場に残ります。「ある市場での環境が悪化すれば、次の市場へ」という柔軟な戦略転換は、参考にすべき点があると考えられます。


日本企業は、大手でも動きが遅い

一方、日本企業はどうでしょうか。

誰もが知っているような大企業でも、VAT登録の話を始めてから実際に動き出すまで、3ヶ月、半年を要することは珍しくありません。

社内で稟議を回し、法務に確認し、経理に確認し、上申して、また差し戻されて……。

「必要だとは認識しているのですが、社内の承認プロセスがありまして」

この言葉は、多くの場面で耳にします。

その間に、中国の競合はすでに登録を済ませ、販売を開始しています。同じ市場で、同じタイミングで検討を始めたはずなのに、半年後には中国企業が先行してシェアを獲得している。そのようなケースを数多く見てきました。

AI時代になると、この差はさらに拡大する可能性があります。AIは構造化された情報を参照して事業者を評価します。VAT番号が登録されている事業者とされていない事業者、GPSRの責任者が明記されている事業者とされていない事業者。AIは「社内の承認プロセスが完了するまで待つ」という配慮はしません。

準備が整っている事業者から優先的に選ばれていく。それがAI時代の現実になっていく可能性があります。


個人事業主の「なるべく避けたい」という心理

もうひとつ、現場で見受けられる傾向があります。

個人で越境ECを展開されている方の中には、こうした制度対応を「なるべく回避したい」とお考えの方が相当数いらっしゃいます。

その背景は理解できます。一人で商品を仕入れ、出品し、発送し、カスタマー対応も担っている状況で、「VATの登録もしてください」「EPRも必要です」と求められれば、負担は大きいといえます。組織的なバックアップのない環境ですから。

その結果、多くの方が「DAP(関税着払い)でよい」という選択をされます。買い手が関税を負担する仕組みにしておけば、売り手側のVAT登録が不要になるケースがあるからです。

ただし、この選択には落とし穴があります。

DAPにすると、買い手に予期せぬ関税や手数料が発生します。「商品代金3,000円なのに、受け取り時に1,500円の追加費用を請求された」といった事態が生じます。当然、クレームや返品が増加し、リピート購入にもつながりにくくなります。

すなわち、制度対応を回避することで短期的にはコストを抑えられるものの、長期的には売上もリピートも減少していく可能性があります。コスト削減を意図しながら、結果的にDAP選択が機会損失をもたらしてしまうケースといえます。

AI時代になると、この問題はさらに顕在化する可能性があります。AIが「この事業者はDAPにより追加コストが発生する確率が高い」と判断すれば、推薦リストから除外される可能性も考えられます。


追い風を活かせるかは、「動く速さ」で決まる

EU市場が「ルールを遵守できる企業が有利な市場」へと変わりつつあるという見方は、越境ECの現場でも広く共有されています(参考:EU市場、中国セラー撤退で日本企業に追い風?)。日本企業の誠実さ、品質の高さ、丁寧な対応。これらは本来、大きな差別化要素になり得ます。

しかし、優位性を持つだけでは成果にはつながりません。

中国企業は、EUの環境が変化すればロシアへ、東南アジアへと、速やかに次の手を打ちます。日本企業は、追い風が吹いている局面でも、社内調整に半年を費やすことがあります。個人事業主は、コストを回避しようとして、結果的に機会も回避してしまいます。

追い風が吹いている今こそ、「動く速さ」が問われているのではないかと見ています。

完璧な準備は必要ありません。しかし、「何が必要か」を把握し、最初の一歩を踏み出す。それだけで、半年後の事業の状況はかなり変わる可能性があると考えます。